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ワインの知識・ワイン辞典

 シャンパンあれこれ シャンパンの歴史-その3

フランス革命により、シャンパンは王室、貴族という庇護者を失います。しかし、彼らに取って代わったのがナポレオンでした。

ナポレオンは

「シャンパンは勝利にふさわしく、敗北の時にこそ必要だ。」

と言うほどのシャンパン好きでした。

また、ナポレオンの頃はあっちこっちの国と戦争していましたから、シャンパンの輸出は出来ませんでした。このため、シャンパン製造者はナポレオン軍のあとからついていって彼らの喉を潤したのです。日本で言えば軍属ですね。

この頃のシャンパン製造者の活躍ぶりは伝説的です。

例えば、ナポレオンのロシア遠征の時、ナポレオンのモスクワ到着前にシャルル=アンリ・エドシックが注文帳を携え馬にまたがりモスクワに到着していた?

ヴーヴ・クリコのクリコ未亡人はナポレオン軍を破ったロシアの将校にありったけのシャンパンを差し出し飲ませることに成功しました。(ロシアはまだ帝政であり伴う貴族も多く、それを新しい顧客にしようとした訳です。)そしてロシア軍が撤兵した時、なんとロシア軍が本国に着くより早く、船で積めるだけのシャンパンを積んで先回りして大儲けをしました。「カリニングラードの大儲け」と語り継がれました。(これは私の脚色。)ロシア人たちはクリコ未亡人のシャンパンを「クリコスコエ」と呼んで夢中になったそうです。(本当の話です。)

また、ナポレオンが敗北しエペルネを去る前日エペルネ市長のジャン=レミ・モエ(モエ・シャンドン社の創始者)に自身のレジオン・ドヌール勲章を与えたそうです。このジャン=レミ・モエは、頻繁にエペルネを訪れるナポレオンの為に、とてつもない豪華なゲストハウスをつくったほどです。 ナポレオンは彼にとって最高の顧客だったのでした。しかし、彼はナポレオンの没落後、新たな王侯、将軍を顧客にして更なる出世をしました。(シャンパーニュ一一の世渡り上手!)彼の遺伝子はしっかりモエ・シャンドン社に受け継がれました(笑)。武器商人に引けをとらない逞しさです。

ヨーロッパ大陸の交通の要所に在ったため、常に戦乱に振り回されたシャンパーニュの歴史が、たくましいシャンパン商人を生み出したのですね。常に隣国や大国の動向に注意を払い、情報の収集に努め、生き残る為の道を模索する生き方は立派です。日本人の世界観にはない部分です。世界戦略を常に頭に入れる遺伝子があるのですね。今日、日本人及び日本の企業に求められている資質ですね。

話が飛びました。

ところで、当時のシャンパンは、より透明度を高めることが品質の決定要因でした。
シャンパンにはどうしても残ってしまう邪魔な澱を取り除くことが値段を左右したのです。
当時は、澱を取り除く為に古い瓶から新しい瓶に移し替えていました。この方法ですとワインの半分位が失われガスも半分位が減ることになります。

そこで瓶を逆さにすることで澱を簡単に取り除き(現代では液体窒素で瓶口ごと凍らせて澱も凍らせ、栓を抜くと澱が氷塊になって飛び出します。)、ワインやガスのロスを少なくする技術がヴーヴ・クリコで発明されました。
ピュピトルいわゆる澱下げ台の発明です。
シャンパンを逆さまに倒立させる穴の空いた板です。
折り畳み式の脚立のように調整が出来ますから、瓶の角度を変えられます。
クリコの従業員アントワーヌ・ド・ミュレが発案したもので、最初は机に穴を空けてみたという伝説があります。
この発明と、産業革命の進行によって人力以外の動力を得ることにより、シャンパン生産は産業として大規模化が一気に加速しました。
これは小農や小作農を隷属させることとなり、後のシャンパーニュ暴動や原産地統制法の設立に繋がります。
(ですから近年のレコルタン・マニュピュラントの活躍は200年来の小農の夢なのです。私達はこだわり応援するのです。)

それからシャンパンの味わいなのですが、ロシア人に愛されたヴーヴ・クリコはブランデーシロップをかなりの量いれることで、澱引きの際減った分量を足していましたから、かなりの甘口シャンパンだったらしいです。
甘口のアスティ・スプマンテが近いですね。
寒いロシアではウケたことは容易に想像がつきます。

今日我々が口にする辛口のシャンパンの登場には、なんとイギリス人が深く関わっていたのです。1800年代半ばになるとイギリスがようやく市場として開かれるようになります。当時イギリスでは甘いポートがデザートワインとして定着しており、食事中にも飲めるワインとして辛口のシャンパンが開発されたのでした。
仕掛人はイギリスのワイン商バーンズです。
この時代にもうグローバリゼーションが行われていたというより、商品作物であり嗜好品でもあるワインの特性がそこにあると言えます。

ですからシャンパーニュと同じような道を同時代のポートやシェリーも辿っていました。

ワインは奥が深いですね!
飲み手によって育てられるのですね。

参考文献
『ワイン物語』ヒュー・ジョンソン 平凡社ライブラリ―
我が家の基本文献です?是非ご一読を。

社団法人 日本ソムリエ協会認定 ソムリエ
岡本 利秋


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